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しゃかがだけ


頂上からの眺め

宮崎県(みやざきけん)東諸県郡(ひがしもろかたぐん)国富町(くにとみちょう)

標高(ひょうこう)830.6

(やく)3.6Km、往復(おうふく)3時間30分くらい。



トレーニングも兼ねて、釈迦ヶ岳へ登ってきました。

数年前に一度訪れて以来、2度目の御縁です。

高千穂峰へ登る前に、どうしてもここへ行っておきたかたのです。

頭で考える理由は無かったのですが、

釈迦ヶ岳に登らなければ次へ進めない印象だったので、素直に感覚に従いました。

釈迦ヶ岳は道程は短いですが、決して“ゆるやか”な道ばかりではありません。

岩場や急な登りもあり、アスレチック感覚で楽しめる山です。

標高があっても一定したゆるやかさを保〈たも〉つ登山道(山)もあることを思えば、

釈迦ヶ岳は、この標高のわりには“登った感”があります。





トレーニングも兼ねて、釈迦ヶ岳へ登ってきました。

数年前に一度訪れて以来、2度目の御縁です。

高千穂峰へ登る前に、どうしてもここへ行っておきたかたのです。

頭で考える理由は無かったのですが、

釈迦ヶ岳に登らなければ次へ進めない印象だったので、素直に感覚に従いました。

釈迦ヶ岳は道程は短いですが、決して“ゆるやか”な道ばかりではありません。

岩場や急な登りもあり、アスレチック感覚で楽しめる山です。

標高があっても一定したゆるやかさを保〈たも〉つ登山道(山)もあることを思えば、

釈迦ヶ岳は、この標高のわりには“登った感”があります。



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山頂の御堂

石像(せきぞう)御堂(みどう)の中です。

自由(じゆう)にお(まい)りできます。



山頂(さんちょう)の御堂にあった説明(せつめい)()きより】


金峰山釈迦縁起/きんぽうさんしゃかえんぎ

養老(ようろう)二年の八月八日(718年)、時の高僧(こうそう)行基〈ぎょうぎ・ぎょうき〉菩薩(ぼさつ)

(または日羅上人(にちらじょうにん)開基(かいき)()えど百年のずれがあり)が日向(ひゅうが)の地を行脚(あんぎゃ)途上(とじょう)

御山(みやま)の嶽〈たけ・だけ〉に紫雲(しうん)たなびき霊山(れいざん)であると感知(かんち)されるに(いた)り、

山頂に御堂を建立(けんりつ)され釈迦如来(しゃかにょらい)石像(せきぞう)安置(あっんち)礼拝供養(れいはいくよう)された。

この由来(ゆらい)をもっ金峰山釈迦嶽(きんぽうさんしゃかだけ)(ごう)した。また紫雲嶽(しうんだけ)とも云う。

※「行脚/あんぎゃ」は、僧侶(そうりょ)がほうぼうを(たび)しながら修行(しゅぎょう)すること。

※「紫雲/しうん」は、紫色(むらさきいろ)(くも)で、(ほとけ)()って()る雲のことで吉兆(きっちょう)とされている。




(じつ)はこの翌日(よくじつ)不思議(ふしぎ)なことがあって。。。


筋肉痛(きんにくつう)が、なかった。

もともとそういう体質(たいしつ)の人なら、不思議はないと思うけど。。。

私には、これまでの人生(じんせい)の中で一度(いちど)()かったことです。

正確(せいかく)に言うとね、おしりの(おく)の筋肉には(かす)かな(いた)みがあり、

ちゃんと筋力を使(つか)った「(あかし)」があって、

でもそれも、階段を普通に上り下り出来る程度で、でも、ある意味安心した(笑)

だって。朝起(あさお)きたとき、まるで(ゆめ)でも見てるような..魔法(まほう)にでもかかったような。。

何とも言えない奇妙(きみょう)気持(きも)ちがしたので、

せめてそのくらいの痛みは(のこ)ってないと現実味(げんじつみ)がない(笑)

これまで。

日常(にちじょう)レベル以上(いじょう)の筋肉を使った(とき)は、

(たと)えわずかな時間(じかん)だったとしても(かなら)ず痛みがあったんです。

どちらかと言うと、その(てん)は「軟弱型(なんじゃくがた)」でしたから、生まれた時から!

ましてや、(たとえ低登山(ていとざん)でも)山に(のぼ)った翌日に筋肉痛がない((かん)じない?)というのは、

私にはあり()ない(はな)し。

数年前(すうねんまえ)に登った時にも、翌日(よくじつ)見事(みごと)な筋肉痛だったし、

今年(ことし)の1月に高千穂峰(たかちほのみね)へ“(すこ)しだけ”登った翌日も(すさ)まじい筋肉痛を体験(たいけん)しました。(いつも(どお)り)


で。(なに)(おも)いあたりがあるとしたら、

その日の(よる)筋肉痛(きんにくつう)緩和(かんわ)」を意図(いと)してレイキを(なが)した(セルフヒーリング)こと。

もうひとつは、下山(げざん)してから(ちか)くの温泉(おんせん)(はい)って身体(からだ)をほぐしたこと。

でもね、筋肉を使ったあと温泉で身体をほぐして(かえ)るのは、

これまでにも行ったことがあり、それで筋肉痛が“()えた”ことはなかった。

もうひとつ、(かんが)えられるのは山頂の石像(せきぞう)のこと。

御堂(みどう)に入って石像の前にひざまずいた時、一瞬(いっしゅん)の考えもなく思わず(なみだ)がこぼれてきた。

その時、何か作用(さよう)があったとか?


いや、でも。その夜、(すで)にいつもの兆候(ちょうこう)、筋肉痛の前触(まえぶ)れの(いた)みが太股(ふともも)(あらわ)れていた。

それで。

翌日(よくじつ)長距離(ちょうきょり)でどうしても行っておきたい場所(ばしょ)があったので、

(いつもの筋肉痛が出ると、その日は1日まともな(うご)きが出来ないのです)

ほとんど「()け」のつもりでカルナレイキを使用(しよう)したのは事実(じじつ)

けど、この出来事(できごと)(いま)だに(なぞ)です(結局(けっきょく)、筋肉痛は()こらなかった)。


けど。この場合、痛みが消えた(浄化(じょうか)された)だけで、

実際(じっさい)ににそれだけの運動(うんどう)をしている(身体(からだ)使(つか)っている)ことは事実なので、

痛みがないからと言って連続(れんぞく)して活動(かつどう)しすぎるのは“要注意(ようちゅううい)”ですけどネ!




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