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ジャスト・フォーティー
先日(せんじつ)

高校時代(こうこうじだい)恩師(おんし)()くなった(こと)()らされた。


ひとつの

大きな時代が()わった。


ザックリと、そんな印象(いんしょう)がした。


40(だい)(はい)った私たちは

人生(じんせい)の、ある境界線(きょうかいせん)()った。

私はそのラインに立った(とき)、これまで生きてきた世界(せかい)見方(みかた)・見え方が()わった。

境界線に立った直後(ちょくご)

自身(じしん)環境(かんきょう)(はげ)しい危機感(ききかん)(かん)じさせる出来事(できごと)()こり、ある決断(けつだん)をした。

ひとつの出来事に、一気(いっき)反応(はんのう)(しめ)したわけじゃない。

それはもうずっと、()いかけながら問い(つづ)けながら内在(ないざい)した気持(きも)ち。

ひとつの出来事は

その気持ちを大きく(おもて)()きずり()し、今の「環境」を見直(みなお)す事を私に知らせていた。

それ以来(いらい)

(おそ)れや不安(ふあん)手放(てばな)しながら環境を変える努力(どりょく)具体的(ぐたいてき)(つづ)けて来た。

そんな(なが)れの中で知らされた恩師(おんし)()は、大切(たいせつ)な何かを示唆(しさ)して、また背中(せなか)()した。


(てん)がもう一度(いちど)、背中を()した。



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(とき)に。

(だれ)かの選択(せんたく)(ただ)しさの有無(うむ)を、(きみ)が知ることは出来るだろうか。

(ぼく)(こた)えは「NO(ノー)」だ。

人には、わからない。

君にとっての正しさを、僕が知らないのと(おな)じように。

(ねが)わくば。

君にとっては(けわ)しく見える(みち)が、(ほか)の誰かには幸福(こうふく)(あゆ)みである事にも気付(きづ)いてほしい。

君の価値観(かちかん)他人(たにん)評価(ひょうか)する(まえ)に。

君と他の誰かとでは、生き方が(ちが)うのだから。

君は 君が思うような(しあわ)せを創造(そうぞう)していけばいい。

僕は 僕のように選択(せんたく)()(かえ)しながら人生(じんせい)試練(しれん))を()()れて生きていく。

これから必要(ひつよう)仲間達(なかまたち)は (かなら)ずその道で()()わせていると思うんだ。

まだ見ぬ未来(みらい)の仲間達を 僕は(しん)じている

今もずっと続いている変わらない仲間達と いつか合流(ごうりゅう)できることも

そして

これまで僕の狭量(きょうりょう)途絶(とだ)えてしまった関係(かんけい)が 再生(さいせい)されることを

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40才として()ごす1年間(いちねんかん)が、

これからの大枠(おおわく)(なが)れを示唆(しさ)する大切(たいせつ)時期(じき)になると(かん)じていた。

どのような選択(せんたく)をし

何を手放(てばな)

何を(まも)(つづ)けるのか

ここから意識(いしき)が どの方向(ほうこう)へ どれだけ どんなふうに 

変容(へんよう)“する”のか または“しない”のか。

41才を(むか)えたとき、私たちは境界線(きょうかいせん)()こう(がわ)()つ。

境界を「()えた」時、私は何を主軸(しゅじく)に人生を生きているだろう。

その(とき)

かつての「初心(しょしん)」は どのくらい(のこ)っているだろう。



2008年の1月に同窓会(どうそうかい)があった。

先生(せんせい)()ったのは17〜20年ぶり?くらいだっただろうか。

幹事(かんじ)のサポート(やく)(たの)まれていた私は、(すこ)(はや)めに会場(かいじょう)についていた。


知民(ちみん)!」と()びかけられ()(かえ)ると、かつての担任(たんにん)が立っていた。

「先生、(ずいぶん会っていないのに)よくわかったねー!」


(あたま)では、「(くち)()(かた)」を意識(いしき)していたにも(かか)わらず、

先生(せんせい)(かお)を見た途端(とたん)にそんなのはぶっとんで、当時(とうじ)感覚(かんかく)舞戻(まいもど)りタメ(ぐち)になる。

高校2年から3年まで、2年間クラス担任(たんにん)一緒(いっしょ)だったせいか

私は担任にはけっこうなついていた。言う事は()かなかったけど(笑)

当時(とうじ)から担任にも“知民(ちみん)”とニックネームで()ばれていた。

(ニックネームと言っても、もともと「知民」は本名で→これで《さとみ》と読むの)


自分のやり方の強制(きょうせい)生徒(せいと)(きび)しい()()まりをほとんどせず、大人(おとな)としての威圧感(いあつかん)がなく。

(とく)()びているわけでもなく、特にポリシーを()っているというふうにも見えず。

一風(いっぷう)()わった担任、と言えば(たし)かにそうだったのかもしれない。

けど、これまでに私は。

恩師(おんし)に「おまえは()わったやつだった」と何度(なんど)も言われている。

(たが)(さま)ってこと?(笑)


先生にとって。

私たちのクラスは(もっと)印象(いんしょう)(ぶか)個性的(こせいてき)だった(本人談(ほんにんだん))。

それはずっと(むかし)から先生が口にしていた事だ。

特別(とくべつ)(わる)(こと)をするわけではないけど言うことは聞かず、

反抗(はんこう)反発(はんぱつ)はほとんどしないけど校則(こうそく)(まも)らず。

たまに校則違反(こうそくいはん)指摘(してき)すれば

「まぁ、いいいがぁ(いいんじゃない?)()にせんで(気にしなくても)」と()わされ。

それぞれがそれぞれの()きなようにしながら、クラス(なか)はすごく()かった。

担任(たんにん)無為無策(むいむさく)ふうの空気(くうき)が、

生徒(せいと)それぞれの個性(こせい)()さえたり(ゆが)ませたりせずに()き出したのかもしれない。

おそらく私たちは、その「空気(くうき)」と(もっと)相性(あいしょう)()かった生徒(せいと)だったのだろう。


先生、先生が()こうに(かえ)ったことを知ってね、何を思ったと思う?

もっとちゃんと連絡(れんらく)しておけばよかったとか、あれから1度(いちど)(あそ)びに行けばよかったとか、

普通(ふつう)”の生徒ならそんな気持(きも)ちをするのかなぁ(笑)

私ね、

あの時。一緒(いっしょ)にコーヒー()んでよかったなぁ〜って、幸福(こうふく)な気持ちで思ったの。

二次会(にじかい)の帰り、方向(ほうこう)一緒(いっしょ)だったから大通(おおどう)りまで二人(ふたり)(ある)いたでしょ?

先生がコーヒーをおごるからって、どうしてもって、聞かなかったよね(笑)

あのとき私ね。

(はや)く帰りたかったんだよね(笑)

だって先生かなり()っぱらってたし、こんなんでお(みせ)(はい)れるの?って(笑)

けど、言い()って聞かないからしょうがないか、って。

結局(けっきょく) 先生はパフェ()べてた。

スプーンも使(つか)わずにパフェグラスを()って、

ソフトクリームを()べるみたいにガブッてパフェにかぶりついた時には。

“こっ..こんな食べ方があったのか..,!”とビックリ仰天(ぎょうてん)して

漫画(まんが)の中にいるのかと思ったよ(笑)


帰り(ぎわ)、サッサと出口(でぐち)()かう先生に、

え..おごってくれるんじゃなかったの..と思いながら。

ま。いっか、よっぱらいじゃ仕方(しかた)ないしね、と財布(さいふ)を出したところに(あわ)てて()んできて。

その時だけ、シラフに(かえ)ってたね(笑)


知民(ちみん)がもっと大人(おとな)になったら今度(こんど)()みに()れて行ってやるよ」って言ってたけど。

39(さい)でもまだ大人じゃないのかぁ...と可笑(おか)しく(かんが)えながら。

けど。ね、。

40歳手前(てまえ)にして、相変(あいか)わらずタメ(ぐち)きいてて、

()(つか)わず()きなようにしてる(おし)()を“大人になった”とは思わないよね(笑)

先生と飲みには行けなかったけど。

あの時。一緒(いっしょ)にコーヒー()んでよかったなぁ〜って、ほっこり満足(まんぞく)してる。


先生、どうしてもコーヒー飲むって、言い()ってくれてありがとう。


(なが)い人生、お(つか)れさまでした(ぺこり)。

先生、私たちの担任(たんにん)だったこと、ありがとう。


ありがとう


【20090213/19:46】








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