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これは...ウォーリー(Wally)を探すより、明らかに難しいぞ。
1979年、シェル・シルヴァスタインの物語では「足りないかけら」を探していた。(by 『ぼくを探しに』)
1988年、ブルーハーツは行方不明の「右手」を探していた。
(by 『TRAIN−TRAIN』/「僕の右手」)
私は「初心」を探している。
かつて在ったものなら。
今も確かに内在しているだろう。
でも。
そんな理屈じゃないんだ。
探しているのは、学ぶ前の「感じ方」。
それは厳しいものではなく、固くもなく、難しくもなかった。
感覚的に残る記憶では。
私の「初心」は楽しく、柔軟で、簡単だった。
子ども達がウォーリーを探すのは困難かもしれない。
けど、子ども達に「初心」が芽生えるのは いと容易い。
若者なら。
「初心」のまっただ中。
若者なのに「初心」の中には生きていない?
なるほどそれなら。貴方はある意味、もう大人だ(ニヤリ)。
大人が「初心」に戻るのは子ども達がウォーリーを探すよりも、もっとずっと難しい。
私は。
初心を探している。
埋もれた「初心」を掘り出して新たに活用する為には。
それが埋もれているところまで到達するには。
その上に積み上げられたものを注意深くひとつひとつ、取り除いていくしかない。
潔く取り除いてはいけない。
必要なものまで捨ててしまうから。
取り除くものは、注意深く熟慮して選ぶのです。
「良い選択」が必要だから。
けど。
注意深くなればなるほど、おそらく不要なものがより多く目立つ筈。
注意深くなればなるほど、必要なものはそんなには残らない。
今の意識の中から、捨てられるのか?
これまでの経験や。
学び、教えられてきた知識や。
自分にとって「正しい」と信じ続けてきたものを。
軽く扱ったから「初心」が埋もれたわけじゃない。
何かの代償に「初心」を引き渡した覚えもない。
なのに。
経験が煩わしい。
学びや知識が邪魔になる。
自分にとって、新しい「正しさ」を受け入れたい。
この機会に一度「リセット」してみたい。
次元が変われば、常識も変わる。
波動が変われば、古い意識はもう機能しない。
「初心」の探し方、という本はあっただろうか。
いや、違う。
人の言う探し方では、私の「初心」にアクセスできない。
今、左胸の少し上の奥の方で、うずうずしている新しい心。
その心とかつての「初心」が引き合っている。
新しく芽生えようとしている“感じ方”に、かつての「初心」が力を貸してくれるのだ。
【20090217/23:05】

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