Slow Work System
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たかちほのみねのいちや


登りはじめは道が明確でない

霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)」からの登山(とざん)ルートより




2007年3月3日(土)。

この日、衣類(いるい)()(もの)(くつ)(あら)った以外(いがい)はほとんどベッドの上でダラダラと()ごした。

(あら)ったのは全部(ぜんぶ)高千穂峯(たかちほのみね)(のぼ)った(とき)()につけていたもの。


3月1日(木)11時7分。

ケイタイを(ひら)いて時間(じかん)確認(かくにん)した。

霧島東神社から高千穂峯(たかちほのみね)(のぼ)る「登山口(とざんぐち)」。

この日(わたし)下山途中(げざんとちゅう)(みち)(まよ)い、高千穂峯で一夜(いちや)()かすことになる。

などとは、(おも)ってもいなかった。

(すく)なくとも、顕在意識(けんざいいしき)では。


今回(こんかい)のことは偶発的(ぐうはつてき)なものではなかった。

もちろん、自分を肯定(こうてい)する(ため)の「これで()かった(ろん)」でもない。

そういう、次元(じげん)じゃない。


高千穂峰(たかちほのみね)には(ひと)りで行く理由(りゆう)があった。


私は霊的(れいてき)意味(いみ)で、ある「決意(けつい)」をして出かけた。


3月1日に(のぼ)ることは、はじめから()めていた。

それが高千穂峯であることも、知っていた。

その2〜3日(まえ)入浴中(にゅうよくちゅう)突然(とつぜん)(なみだ)(あふ)れ...“準備(じゅんび)ができた”(こと)()った。


そのプロセスは高千穂峰(たかちほのみね)頂上(さんちょう)()こるのだと思っていた。

けど、意外(いがい)にも山頂(さんちょう)では山小屋(やまごや)(あるじ)(白髭(しろひげ)似合(にあ)う72(さい))と、

高千穂河原(たかちほがわら)登山口(とざんぐち)からやって()たという男性(だんせい)(かた)三人(さんにん)(たの)しく会話(かいわ)をしただけだった。


(なに)()こるなら山頂だろうと思いこんでいた私はあまりに“あっけない”(なが)れに、

いったい、あの決意(けつい)やただならぬプロセスの“前兆(ぜんちょう)”はなんだったのだろう。。と、

本当(ほんとう)にこれで()わりなのか?と(なか)安堵(あんど)したような気持(きも)ちにさえなっていた。

(あま)逆鉾(さかほこ)」にも特別(とくべつ)印象(いんしょう)はなく、いよいよ“拍子(ひょうし)()け”した気分(きぶん)だった。

とは言え、14時58分に山頂をたち、(ある)(はじ)めてからも、

イマイチ、「何かおかしい(ふにおちない)」印象がしていた。





この日からおよそ2週間(しゅうかん)ほど(まえ)

青島(あおしま)宮崎県(みやざきけん))のホテルへ「近場(ちかば)リゾート・温泉(おんせん)(たび)」へ出かけた。

(さそ)われて出かけたので自分の意志(いし)ではなかったが、(なが)れに()ってみたのだ。

ホテルの部屋(へや)(はい)ると()(かざ)られており、それは一目(ひとめ)鹿児島県(かごしまけん)
桜島(さくらじま)()かった。

その絵は宮崎側(みやざきがわ)から桜島を(なが)めたものだった。


3月1日、高千穂峰(たかちほのみね)山頂(さんちょう)到着(とうちゃく)して、

まず最初(さいしょ)眼前(がんぜん)に入ってきたのが(とお)くにそびえる桜島だった。

あまりの(うつく)しさに、「(あま)逆鉾(さかほこ)」の(こと)(わす)れてしばらく見入(みい)っていた。

それで、その方向(ほうこう)がホテルにあった絵の()かれていた方向と(おな)じだと「はっ」とした。





下山(げざん)しながら「霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)まで2.3k」の()(ふだ)確認(かくにん)した直後(ちょくご)完全(かんぜん)(みち)見失(みうしな)った。

“まさか”とは思ったけど、まるで魔法(まほう)にでもかけられたように道を見失ってしまった。

それは、一瞬(いっしゅん)出来事(できごと)のようにさえ思えた。


すぐに、“警察(けいさつ)電話(でんわ)”と思いケイタイを(ひら)いたが、その場所(ばしょ)は「圏外(けんがい)」だった。

(じつ)はこの日「山頂(さんちょう)まで1.4k」の地点(ちてん)知人(ちじん)からメールが(とど)いたのだ。

(ある)(はじ)めには「山頂まで3.5k」の立て札を確認していたので、

その地点は山頂の方に(ちか)かったのだが、ケイタイの電波(でんぱ)が届く事にびっくりした。

アンテナも、しっかり三本(さんぼん)立っていた。

(あと)()いたのだが、高千穂峯(たかちほのみね)は上へ行けば行くほど電波が届くようになっているらしい。
 ちなみに、山頂では圏外(けんがい)だった)

その事があった(ため)、どこかに電波のつながる場所があるかもしれないと思い、

ケイタイを(ひら)いて電波を確認しながらその周囲(しゅうい)を歩いてみたが、そのあたりはムリで。

まだ(あか)るかったので、その時点(じてん)では()まらずに(ある)選択(せんたく)をした。

木に(おそらく林業(りんぎょう)をされる(かた)()けた(しるし)ではないかと思ったのだが)

リボンが(むす)ばれていたのでそれをたどることにした。

しばらく順調(じゅんちょう)辿(たど)っていたが。。。あろうことか、そのリボンさえ途絶(とだ)えてしまった。

まるで。「ヘンゼルとグレーテル」だった。

途絶えた(さき)には水のないダムの(あと)のような大きな(なが)れが下方(かほう)(つづ)いており、

そのダムを歩けば、(すく)なくとも大幅(おおはば)間違(まちが)いはせずに(まち)の方へ(くだ)れるのではないかと(おも)い、

そのダムへ()りてダム沿()いに(くだ)ることにした。
(後で聞いたらそれは(すな)()めの(ため)の「砂防(さぼう)ダム」だった)

ダムを下りながらケイタイを確認(かくにん)するけど圏外(けんがい)()わらず、とうとう薄暗(うすぐら)くなると同時(どうじ)

ダムの前方(ぜんぽう)、行く先の段差(だんさ)が突然5メートルくらいの地点(ちてん)に来てしまった。

5メートル、()()りるわけにはいかない。

(つた)って()りるような足場(あしば)もなく、(あと)側面(そくめん)(のぼ)ってダムの上へ出るしかない。


最初(さいしょ)ダムに()りた時は、下まで1〜2メートル程度(ていど)段差(だんさ)だったのが、

その地点(ちてん)では側面の高さが5〜6メートルほどに(たっ)していた。。

まともな足場もなく木や木の()(つか)みながら登る事になる。

(すで)にその日の限界(げんかい)まで体力(たいりょく)筋肉共(きんにくとも)使(つか)っており、とてもじゃないが、

そこを登りきるだけの体力は(のこ)っていなかった。

そうこうしている(うち)にあたりはどんどん薄暗(うすぐら)くなり、

この環境(かんきょう)で山の中を(ある)くことはかなり危険(きけん)だと(かん)じた。

足を()(はず)(すべ)()ちて()ぬか、死なないまでも骨折(こっせつ)とか。

そこで歩くことを断念(だんねん)した。


瞬間(しゅんかん)

“(信じられない(はなし)だが)、(よる)を明かすことになる”と(さと)った。


その(とき)最後(さいご)に時間(じかん)確認(かくにん)したのが18:35だったと思う。

結局(けっきょく)、その岩場(いわば)(やく)10時間を()ごしたことになる。

時間を確認しながらだと余計(よけい)経過(けいか)(おそ)く感じてしまうと思ったので、

最後に時間を確認してからケイタイの電源(でんげん)()った(すでに電池(でんち)()間近(まじか)のマークでした)。

内側(うちがわ)(ふともも)ももは限界(げんかい)()え、すでにズキズキと(いた)みを(はっ)しており、

このままでは明日(あした)ダムの側面(そくめん)(のぼ)りきることは不可能(ふかのう)

すぐにその()(すわ)り、カルナシンボルを使(つか)ってレイキを(なが)した。

長時間(ちょうじかん)流していたわけではなかったが、

その数時間後(すうじかんご)には痛みが流れ(()え)、翌朝(よくちょう)(たい)する希望(きぼう)が出た。

石の上では(つめ)たさが(つた)わりやすいので、これでは体を(こわ)してしまうと感じ、

土の場所を(さが)してそこに()()(あつ)めて。。。

登山(とざん)(ため)にと友人(ゆうじん)がプレゼンとしてくれたタオルをひいて、

ウエストポーチの中身(なかみ)全部(ぜんぶ)出して、その上にポーチを(かさ)ねて(すわ)った。

それまで(あせ)をかいていたこともあり体は(さむ)さでガタガタ(ふる)えている。


そう言えば。。この日山頂(さんちょう)山小屋(やまごや)(あるじ)が言っていた。

「ここ(高千穂峯(たかちほのみね))は南国(なんごく)北海道(ほっかいどう)だ」と。


今日が3月と言っても、昨日までは2月だったのだ。

体で感じる寒さはまともじゃなかった。


(あせ)でぬれているインナーだけ()ごうかとも思ったけど、

この寒さでそのような(うご)きをとることが多大(ただい)なストレスになると感じたのと、

手を入れて確認(かくにん)したら「ぐっしょり」ではなく湿(しめ)っているという感じだったので、

体温(たいおん)自然(しぜん)(かわ)くのを()つことにした。


レイキを(なが)したあと、()っていたドラ()きを半分(はんぶん)()べた。

(なか)はすいていなかったけど、食べておいた(ほう)()いと思ったので。

その()ほどなく身体(からだ)内側(うちがわ)から(あたた)まっている事に気付(きづ)いた。

不思議(ふしぎ)だ。なんで?

しばらくして(40分くらい?)、無意識(むいしき)にもう半分のドラ焼きを食べた。

また。同じ現象(げんしょう)、身体が温まる。

ドラ焼き、何かあるのかなぁ?不思議だ。

チラとそんなふうに思った。

その後(40分くらい?)次第(しだい)にその“内側(うちがわ)から(あたた)まる”現象は()えた。


それと、(いた)チョコを2(まい)、食べずに持っていた。

ドラ焼きも板チョコもと潜在意識(せんざいいしき)(またはハイヤーセルフ)からの情報(じょうほう)

“持っていきなさい”言われたもので、その時ちょっと(へん)だな、と感じたのは事実(じじつ)

板チョコ2枚も何に使(つか)うんだろ?って。

なぜかと言うと、

潜在意識(またはハイヤーセルフ)は“予防(よぼう)”や“(ねん)のため”の回答(かいとう)はしない。

現実的(げんじつてき)事実上(じじつじょう))に必要(ひつよう)事柄(ことがら)(おし)えるからだ。


けど、夜明(よあ)かしを(さと)った(さい)すぐにチョコが()かび「それでか...」と。

およそ10時間もの(あいだ)、自分が(あさ)まで()きて(生きて)いられる保証(ほしょう)はなかった。


夜明けを(むか)えるまで、「()」が(となり)にあった。


その場所(プロセス)は霊的存在(れいてきそんざい)や「(うん)」が作用(さよう)したり、(たと)えどれだけの人が(いの)っても、

その祈りが届くような場所ではなかった。

何故(なぜ)そう言えるのか?

“そこ”に()た私には、(おの)ずと知れる事だ。


しかもこの日、私は行き先を「(だれ)にも」言ってこなかった。

一人で高千穂峯(たかちほのみね)に行くなどと言ったら、周囲(しゅうい)には100%の確率(かくりつ)()められるからだ。

この日は。この日だけは、何があっても、どうしても、一人で行く必要(ひつよう)があった。

(あと)()いたのだが、友人(ゆうじん)づてに私が高千穂峯に登りたいと(かた)っていた情報(じょうほう)()て、

 霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)駐車場(ちゅうしゃじょう)()いてあった私の(くるま)発見(はっけん)されたのは(よく)午前(ごぜん)4時の(こと)だった。

 暗闇(くらやみ)では捜索(そうさく)のしようがないという事で、警察(けいさつ)消防(しょうぼう)方達(かたたち)も朝を()立場(たちば)にあった)


下山(げざん)しながらふにおちない気持(きも)ちがしたのも当然(とうぜん)だった。

私の感じていたこの()疑問(ぎもん)への「()()まり」には、

(たん)なる知識(ちしき)(かんが)えでは対処(たいしょ)出来ない、切羽(せっぱ)()まった「思い」があり、

その事に対する(おし)えを()ようと決意(けつい)して山頂を目指(めざ)したのだ。

これまでの経験上(けいけんじょう)

それほどの決意(覚悟(かくご))に対して何事(なにごと)()こらない((なん)らかの回答(かいとう)がない)のは、

私にとって不思議なことだった。

同時(どうじ)にもうひとつ、私には生まれて来て()たすべき役割(やくわり)があり、

それを行うためのヒントが高千穂峯にあると感じていた。


でもまさか、こんな(まな)び方(プロセス)になるとは思ってもいなかった。

これまでのように、

その場所に宿(やど)るバイブレーションとの交流(こうりゅう)接触(せっしょく))によりヒントを()るのだと思っていた。

結局(けっきょく)、私の(たましい)現実的(げんじつてき)に「()」と向かい合う状況(じょうきょう)(えら)び、そこから学ぼうとした。

偶然(ぐうぜん)でも、課題(かだい)でも、(みちび)きでさえない。


それが、魂の「意志」だった。


いかなる霊的存在(れいてきそんざい)でも、魂の意志に手出(てだ)しすることはできない。

霊的存在の役目(やくめ)は、その意志を(つらぬ)く魂のプロセスを「見届(みとど)ける」ことだった。

(たと)え私がその意志(いし)で「()」を(えら)んだとしても。


魂の意志を()えてまで作用(さよう)する「力」は、この()にはない。

この時私(魂)は自分の「意志」で生きることを選んだ。

そして約10時間の間、生きるための動作(どうさ)()めなかった。


「マクトゥーブ」、“それは書かれている”


最初は、私の決意((うった)え)に対して(あた)えられたこの状況(じょうきょう)意味(いみ)が分からなかった。

山で遭難(そうなん)したかったわけじゃないのに、選んだ学びはこれなのか?

けど、一秒一秒を生きるために過ごす時間の中で、次第(しだい)にその理由が明確(めいかく)になった。

私の魂は、

自分の(ため)に、自分の意志で自ら(のぞ)んで生きているという「(あかし)」を必要(ひつよう)としていた。

その「証」からつながる、その先に見える「可能性(かのうせい)」を知りたかった。


(だれ)も本人の「真意(しんい)」を()えてまで状況(じょうきょう)好転(こうてん)させることはできない。

「真意」は表層意識(ひょうそういしき)(あらわ)れにくく、本人にも知覚(ちかく)されていないことが多い。

いかにレイキが(すぐ)れた技術(ぎじゅつ)でも()け手に生きる意志がなければ何も()こらないのと同じだ。

どれほどレイキを(なが)し込()んでも本人(なお)る意志(つもり)がなければ、

レイキが本領(ほんりょう)発揮(はっき)して見事(みごと)作用(さよう)をすることはない。

レイキは(けっ)して強制(きょうせい)をしない。

()わりたい」「変えたい」と(のぞ)みながら今の環境(かんきょう)にしがみついているのは自分自身だ。

本人の(はら)(そこ)の「意志」を()えてまで作用する「力」はこの世にない?



でも、私は「その先」を知りたかった。

「ないのだ」で()わるのではなく、その事に対する手立てはないのか?

その「可能性」を(はだ)で感じ、人から(おそ)わるのではなく「自得(じとく)」する必要があった。


日々(ひび)生活(せいかつ)の中で、

()っ先に“レイキとは何か”を(おし)えてくれたのが植物(しょくぶつ)()(もの)たちだった。

なぜ、動植物(どうしょくぶつ)には(おどろ)くほど純粋(じゅんすい)にレイキが作用するのか?

(すべ)てはエネルギーの(かた)まりだ。

人間(にんげん)だけが(べつ)の物で出来ているわけではない。

なのになぜ、人間には動植物(どうしょくぶつ)(あらわ)れるようなポジティブな作用が現れにくいのか?

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人間である私たちは。

(ふか)浄化(じょうか)()こる(さい)に。

好転反応(こうてんはんのう)()ばれる、

(はら)(そこ)」の(うみ)抑圧(よくあつ)された精神(せいしん)(どく)ともいうべき(よご)れを浮上(ふじょう)させるような反応を体験(たいけん)する。

当然(とうぜん)動植物(どうしょくぶつ)には()い反応だ。

人間の「エゴ」の存在(そんざ)だけをその理由であるとするには()りないと感じていた。

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夜明けまで(いのち)(つな)いだ時。

高千穂峯(たかちほのみね)は、 長い(あいだ)漠然(ばくぜん)と感じていた疑問(ぎもん)への回答(かいとう)が、

まるでこの場所で夜明けを(むか)えることと()()えであったかのようにヒントを(しめ)した。

いや、正確(せいかく)に言うと。。。

その理由(りゆう)を知るための、(とびら)発見(はっけん)した((あた)えられた)だけで。

その「扉」をどう使うのか、それはこの(あと)物語(ものがたり)である。

2〜3時間で筋肉痛(きんいくつう)が流れた(消えた)のは、偶然(ぐうぜん)でも不思議(ふしぎ)でも特別(とくべつ)でもない。

その立場(たちば)(意志)においては、()たり前の事でさえあったのだ。


これまで。

生まれる前にいたところ、(あい)()(あふ)れた世界(せかい)記憶(きおく)をこの()()()んでいた私は、

今生(こんじょう)での(たましい)役割(やくわり)()えて、

(はや)くその故郷(こきょう)(この世で天界(てんかい)と呼ばれる次元(じげん)?)へ(もど)りたいと(ねが)っていた。

この世でどんな事があっても、

どんな逆境(ぎゃっきょう)でも頑張(がんば)れたのは、その思いに(ささ)えられていたからだ。

「いつかは(かなら)(かえ)れる」というのが、生きている唯一(ゆいいつ)希望(きぼう)だった。


この時、私には選択肢(せんたくし)があった。

見えない場所の聞こえない声に「選んでいい」と知らされた感覚(かんかく)があり、

この環境(かんきょう)は、どちらを選んでも(じつ)正確(せいかく)にその意志(いし)実現(じつげん)できるステージなのだと気付いた。

そこには(たましい)でいうところの「やり(のこ)し」も

志半(こころざしなか)ば」という言葉も存在(そんざい)せずに(えら)ぶ事が出来た。

自分の(あゆ)んできた道を()(かえ)るが、執着(しゅうちゃく)心残(こころのこ)りは浮上(ふじょう)せず「無念(むねん)」なきことを知った。

この時、胸中(きょうちゅう)非常(ひじょう)(おだ)やかで心配(しんぱい)なく、(まった)未練(みれん)はなかった。


少し可笑(おか)しかったのは、

数年間(すうねんかん)あれこれ雑雑(ざつざつ)記入(きにゅう)してきた

何冊(なんさつ)もの「SIGN(サイン)(ちょう)」を処分(しょぶん)しとけばよかったな、と真面目(まじめ)に思った事。

でも。まぁそれは仕方(しかた)ないか、と思い(なお)(あきら)めたけど(笑)


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この時、死と向き合う意識(いしき)のプロセスの中で処分(しょぶん)しておけば良かったと思った「SIGN(サイン)(ちょう)」は、

今回の体験(たいけん)をしたことがキッカケとなり、

その()(すべ)て処分し、「SIGN帳」を付けることも()めてしまいました。

それからは「明日(あした)()んでもいいように」というテーマで部屋(へや)整理(せいり)(おこな)い、

その環境(かんきょう)(つね)維持(いじ)できるように心がけています。

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(つぎ)に。

これまで()()んできた霊的(れいてき)課題(かだい)役目(やくめ))について思い()こした。

私がやらなくても、また(あら)たな(いのち)()()ぐだろう。

それにはすぐに(こた)えが出た。


そして。

友人達(ゆうじんたち)に思いを(めぐ)らした。

どう(かんが)えても、各々(おのおの)(あた)えられた(みちび)きと守護(しゅご)力強(ちからづ)く生きて行くだろう。

それぞれの(あい)する人達(ひとたち)家族(かぞく)(とも)に、人生(じんせい)(つづ)いて行く。

ここにも心配(しんぱい)心残(こころのこ)りはなかった。


姉弟(きょうだい)(おも)う。

悲嘆(ひたん)にくれるかもしれないが、それぞれの愛する人達や家族と共に()()えて行くだろう。

同士(どうし)とか同胞(どうほう)とかいう意味合(いみあ)で霊的視点(れいてきしてん)から言えば、それが(たましい)(まな)びともなる。


最後(さいご)に。

両親(りょうしん)(かお)()かんだ。


瞬間(しゅんかん)


(はら)(そこ)から()き上がるような猛烈(もうれつ)感覚(かんかく)





()んではいけない”と思った。






この瞬間、(かんが)える()もなく選択(せんたく)決定(けってい)した。

絶対(ぜったい)に、()んではいけない。




もし。

私に。

高千穂峯(たかちほのみね)一夜(いちや)()かす以前(いぜん)と、明かしてこの世に(もど)ってからの(ちが)いがあるとしたら..。

「出来れば(はや)(かえ)りたいけど、生かされているうちは生きる」という意識(いしき)から、

「自ら(のぞ)んで生きることを(えら)んでいる」という立場(たちば)にシフトした事だ。

そして、その姿勢(しせい)がヒーラーにとって異様(いよう)なほど重要(じゅうよう)であることを、(かさ)ねて(まな)んだ。




10時間、1(びょう)ずつを生きるために使い、1秒ごとに生きる選択(せんたく)()(かえ)した。

この表現(ひょうげん)は、実際(じっさい)にそれを体験(たいけん)した私には少しも大げさではない。


この(さむ)さで(ねむ)ったら、私の心臓(しんぞう)なら()まってしまう..と感じていた。

現実(げんじつ)にどうなのかは分からない。

けど、私には眠って心臓が止まらないと言う自信(じしん)保障(ほしょう)もなかった。


さぞ不安(ふあん)(こわ)かっただろうと、(あと)周囲(しゅうい)の人に言われた。

怖くて不安?

(まも)るものが今ここにある(いのち)しかない状況(じょうきょう)で、(おそ)れや不安など感じるゆとりもなかった。

ここが山中(さんちゅう)でも、夜でも、真夜中(まよなか)でも、たったひとりでも、どれほど寒くても、

それが、何?

私に必要(ひつよう)なのは、恐れや不安などの妄想(もうそう)ではなく、

(あさ)まで生きているための現実的(げんじつてき)動作(どうさ)だった。





ジャンパーの(えり)を立て耳元(みみもと)(おお)い、ファスナーを(はな)(ところ)まであげた。

中を(のぞ)()むような感じで、目元(めもと)(ふく)内側(うちがわ)()めて(かぜ)をよける。

()っていた軍手(ぐんて)をはめると、手の(つめた)たさはかなり(やわ)らいだ。

体育座(たいくずわ)りをすると裏面(りめん)外気(がいき)直接(ちょくせつ)当たるので、冷たくて数分(すうふん)もその体制(たいせい)をとれなかった。

それで。

(ひざ)(よこ)(たお)して外気に当たる面積(めんせき)()らし、

レイキを(なが)しながら太股(ふともも)から(ひざ)表面(ひょうめん)両手(りょうて)でさすった。

じっとしていては冷たさ(寒さ)に()えられない。


「レイキが私を守る。レイキが私を(みちび)く。レイキが私を(いや)す。

 私は、手をあてるだけ」そう、心で宣言(せんげん)した。


何かにもたれるとスッーと(ねむ)()んでしまいそうだったので、

背中(せなか)は立てた状態(じょうたい)で、「コクッ」としたら気づけるようにした。

身体(からだ)()やしてしまわないように、左右前後(さゆうぜんご)(うご)かす。

動きが大きすぎると体力(たいりょく)消耗(しょうもう)するので、朝まで動かし(つづ)けることを前提(ぜんてい)にして

動かす(つよ)さを調整(ちょうせい)した。

時間は確認(かくにん)していないが、おおよそ1時間()きにチョコレートを少しずつ()べた。

食べるという行為(こうい)そのものが、生きている「今」をリアルに感じさせてくれた。

水は持っていたけど、寒くてほとんど()むことが出来なかった。

身体(からだ)をよりいっそう冷やしてしまいそうで、時々(ときどき)、口をしめらす程度(ていど)しか飲まなかった。




言葉(ことば)使(つか)(つづ)けた。


不動明王(ふどうみょうおう)」の真言(しんごん)()(かえ)し使った。


この真言は、ある中国雑貨(ちゅうごくざっか)のお(みせ)に入った際、そこの(あるじ)(中国の方)に(おし)えてもらったもの。

まだ東京に()らしている(ころ)宮崎(みやざき)里帰(さとがえ)りした時の出来事(できごと)だから、もう随分(ずいぶん)前のこと。

しばらく話しをした後「ちょっと待ってて」と(あるじ)は言い、

(おく)からコピーをした(かみ)を持って来てくれた。

(いえ)代々(だいだい)(つた)わる真言宗(しんごんしゅう)各仏様(かくほとけさま)真言(しんごん)だと言い、

「こんな事は今までしたことないんだけど、

 あなたには何か特別(とくべつ)雰囲気(ふんいき)があるから..。」と、

その、コピーした紙をくれた。

その中の不動明王の真言を特に(しめ)し、

「この真言は(おぼ)えておくといい。あらゆる状況(じょきょう)物事(ものごと)絶大(ぜつだい)守護(しゅご)をしてくれるから」

と、言われた。((あるじ)波動(はどう)純粋(じゅんすい)だった)

人の言うことを()かない岩石頭(がんせきあたま)石頭(いしあたま)程度(ていど)表現(ひょうげん)じゃ()りないから)の私だが、

このような事は異様(いよう)素直(すなお)()け入れる(ところ)がある。

その(あと)すぐに不動明王の真言を暗記(あんき)し、これまで事あるごとに心で唱え続けて来た。

それからほどなく、必要(ひつよう)な時には真言が自然(しぜん)浮上(ふじょう)するようになっていた。





ひふみ祓詞(はらいことば)」を()(かえ)(うた)った。


ひとつの言葉だけでは、時間を(なが)く感じやすい(ため)時々(ときどき)口に出す言葉を()えた。

“歌った”と言うのは、歌があるのではなくて、古神道(こしんとう)祓詞(はらいことば)「ひふみ」に

勝手(かって)にメロディをつけて、普段(ふだん)から時々(ときどき)歌っていたもの。
(“勝手に”といっても、ある時ふいに、祓詞(はらいことば)(とも)にメロディが浮上したのがキッカケ)

歌は言葉を使うより労力(ろうりょく)(よう)する為、

(こえ)を大きくしないように()()けて、(しず)かに、()(かえ)した。

「ひふみ祓詞(はらいことば)」は、自然界(しぜんかい)によく似合(にあ)っていた。




そしてもうひとつ。

般若心経(はんにゃしんぎょう)」を(うた)った。


これも、「般若心経」に勝手に自作(じさく)メロディを()けて、時々(ときどき)歌っていたもの。

母方(ははかた)実家(じっか)がお(てら)だった(こと)もあり、

「般若心経」は子どもの(ころ)から暗記(あんき)して普通(ふつう)仏壇(ぶつだん)(とな)えていた。

にも(かか)わらず、私は今だに特定(とくてい)宗教(しゅうきょう)()たないが、

般若心経(はんにゃしんぎょう)」は幼少(ようしょう)から私の生活文化(せいかつぶんか)のひとつだった。

もうずいぶん前に。

読経(どっきょう)」があまりしっくりこなくて何かいい方法(ほうほう)()いかと思っていた(ころ)

散歩中(さんぽちゅう)に思わずメロディを()けて「般若心経」の一節(いっせつ)を口ずさんだことから、

「そっかぁ!歌えばいいんだぁ♪」と(ひらめ)き、最終的(さいしゅうてき)全部(ぜんぶ)にメロディを付けて完成(かんせい)させた。

(こんな状況(じょきょう)で。こんな役立(やくだ)ち方をするとは...)


でも。

般若心経(はんにゃしんぎょう)」は、その時の状況(じょうきょう)というか...

雰囲気(ふんいき)にあまり似合(にあわ)わなかったので、何度(なんど)か歌ってやめてしまった。

※最終的に(もっと)(おお)使用(しよう)したのが「不動明王(ふどうみょうおう)」の真言(しんごん)だった。




(さむ)さは2〜3時間事(じかんごと)段階(だんかい)()えて(きび)しくなって行く。

(とく)()(がた)までの数時間(すうじかん)は、(すさ)まじかった。

筋肉(きんにく)(ちから)を入れて「()」を集中(しゅうちゅう)させていなければ、

身体全体(からだぜんたい)がブルブルガタガタと(ふる)えてくる。



()が明けるまであとどのくらい?



ひたすら、両手(りょうて)(あし)をさすり、真言(しんごん)(とな)え、身体を(うご)かし(つづ)ける。

どれかひとつでも()めたら、途端(とたん)眠気(ねむけ)と寒さが(おそ)う。


不動明王(ふどうみょうおう)」の真言(しんごん)(とな)えながら、

臼井先生(うすいせんせい)やイエス・キリスト、弘法大師(こうぼうだいし)などの修行(しゅぎょう)を思う。

(むかし)高層(こうそう)季節(きせつ)関係(かんけい)なく何十日もの(あいだ)裸同然(はだかどうぜん)薄着(うすぎ)断食瞑想(だんじきめいそう)をしている。

驚異的(きょういてき)なことだ。

その(さと)りを自分だけのものとせず(ひろ)く分かち合っていただいたおかげで、

今の私たちは(おな)苦行(くぎょう)をせずとも、

そこから()叡智(えいち)技術(ぎじゅつ)共有(きょゆう)出来る(その気があれば、ですけど)時代(じだい)()らしている。


臼井先生の(おこな)った21日間の断食瞑想(だんじきめいそう)など、私には完全(かんぜん)()()ない。

それを想像(そうぞう)してみることさえも、失礼(しつれい)行為(こうい)に思えた。

次元(じげん)意識(いしき)レベル)が(ちが)()ぎる。

けど、そのような「先人(せんじん)」がいたという事実(じじつ)は、たかが一晩(ひとばん)

()えられない(はず)はないという現実的(げんじつてき)な「可能性(かのうせい)」で私を(ささ)えてくれた。


いったい、どのくらいここにいるのか(まった)く分からない。

あと、自分がどれだけもつか見当(けんとう)が付かない。


(そら)見上(みあ)げる。


この場所(ばしょ)だけ、夜明(よあ)けがこないのではないか...。

そんなふうに、永遠(えいえん)()わりのない時間に(かん)じられた。

よくある(はなし)では、そんなふうに感じられた瞬間(しゅんかん)希望的現実(きぼうてきげんじつ)(あた)えられる。

(たと)えば、“その時まさに夜が明けた”とか。

けど。

その限界(げんかい)()えてまで、相変(あいか)わらず暗闇(くらやみ)だった。

そういう瞬間(しゅんかん)すら、私には適応外(てきおうがい)らしい。


あとはもう、夜明(よあ)けの期待(きたい)()ててただただ生き()(ため)動作(どうさ)をした。






(とお)くでサイレンの(おと)()こえた。

その()音楽(おんがく)(なが)れ出す。

その瞬間(しゅんかん)(やみ)領域(りょういき)(ひかり)()した。

私には、このプロセスの終了(しゅうりょう)()げる合図(あいず)(ひと)しかった。




()わった。

もう大丈夫(だいじょうぶ)


夜が、明ける。

一気(いっき)意識(いしき)がクリアになる。

町の(おと)()こえるのだから、そちらへ(ある)けばケイタイの電波(でんぱ)(とど)(ところ)がある(はず)だ。


(そら)様子(ようす)はまだ(くら)く、おそらく5時(ごろ)だろうと判断(はんだん)した。

本物(ほんもの)の、(あさ)(おとづ)れなら(とり)たちが()(はじ)める(はず)だ。

まだ、鳥は鳴いていない。


薄暗(うすぐら)い中、立ち上がり活動(かつどう)する準備(じゅんび)を始める。

そうしたら外気(がいき)全身(ぜんしん)()けて、あまりにも(さむ)かったので

もう(うご)き出してしまおうかともチラと(かんが)えたけど、

ちゃんと明るくならなければ、やっぱ山は危険(きけん)なので、もう一度(いちど)(すわ)って

空に“(きざ)し”が(あらわ)れるのを()った。

少しずつ、次第(しだい)に、空が明るくなり始めた。

そして。

山の鳥たちが一斉(いっせい)にさえずり始めた。



「よし、明ける」



(ふたた)び立ち上がり、その()でウォーミングアップを始める。

筋肉痛(きんにくつう)は、ない。

レイキで流れた(()えた)。

そうこうするうちに視界(しかい)はどんどん明るくなり、完全(かんぜん)に夜が明けた。


機会(きかい)一度(いちど)だけ。

一気(いっき)に上まで登らなければ、(さい)チャレンジする体力(たいりょく)(のこ)っていない。

しっかりと()()っているかを確認(かくにん)しながら、

木や木の根を(たよ)りに、

体力を集中(しゅうちゅう)させて一気に山(ダム)の側面(そくめん)(のぼ)りあげた。



「道」はないが、足場(あしば)(わる)くない。

ケイタイの電源(でんげん)を入れ、アンテナを確認(かくにん)しながら町の音のする(ほう)(くだ)る。

そして。

電波(でんぱ)がつながった。


その(ころ)外界(がいかい)では、私の安否(あんぴ)について否定的(ひていてき)予測(よそく)がされていた。

そんなこと。自分でも(さっ)しが付く。

早く。無事(ぶじ)だと知らせなければ。


(そと)に。最初(さいしょ)連絡(れんらく)がつながったのが午前(ごぜん)時頃(じごろ)


警察署(けいさつしょ)消防署(しょうぼうしょ)地元消防団(じもとしょうぼうだん)

町長(ちょうちょう)さんをはじめ役場(やくば)方達(かたたち)

大勢(おおぜい)の方が(あつ)まってくださっていた(こと)をあとから知った。


この時私がいた場所は、まだ山の中腹(ちゅうふく)(あた)りで、誘導(ゆうどう)出来る距離(きょり)ではないとの判断(はんだん)から、

この日、最終的(さいしゅうてき)に。

私は宮崎県警(みやざきけんけい)のヘリで救出(きゅうしゅつ)して(いただ)いたのだ。


(あと)()いたところによると、この「霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)」の登山(とざん)ルートは、

遭難(そうなん)(おお)く、そう(とお)くない過去(かこ)にも3名の方が()くなっているとのこと。

そう言えば。

(まよ)った事に気付いてすぐ、

道を(さが)して歩いていると異様に気味の悪い「気」が立ち()めていた場所があり、

その(とき)感じた表現をすれば、まるで“人を()む”ような気配(けはい)がしていた。

「ここはだめ、人を飲む」と、咄嗟(とっさ)(かん)じた。

それで。

その場を()けるように避けるように行く先を(えら)んだ。
(木に(むす)ばれたリボンを見つけたのはその後)

これも後から聞いて知ったのだけど、その場所は「(さわ)」と()ばれ、

遭難(そうなん)した(さい)、ここに()ちて(いのち)を落とした人が複数(ふくすう)いるらしく(もっと)危険(きけん)地帯(ちたい)らしい。


このルートは「危険(きけん)」なのだ。

(のぼ)りで(まよ)う事はあまりないと思うけど、
途中(とちゅう)からはしっかりとした登山道(とざんどう)があり、きちんと整備(せいび)されている)

(かえ)りはよほど注意(ちゅうい)していないと(まよ)いやすいところだと思った。

。。と言うよりも、

(くるま)(まわ)してくれる人がいれば下山(げざん)ルートは高千穂河原(たかちほがわら)(えら)んだ方がいい。
()くなった方の中には、ベテランもいらっしゃるとのこと)





余談(よだん)

後日(ごじつ)(れい)(うかが)った(さい)に、警察(けいさつ)の方は私が頂上(ちょじょう)へ行く途中(とちゅう)(まよ)ったのかと思っていたらしく、

下山途中(げざんとちゅう)で迷った事を(つた)えると「!頂上まで行ったの!?」と聞かれ、

「行きました」というと、

「1人で頂上まで行ったのならたいしたもんだ」と(おどろ)きながら()められ?た。

“あのルートは(むずか)しいから我々(われわれ)でも登らない”って。

(“難しい”の意味(いみ)遭難(そうなん)が多いということかもしれません。

  だって、実際(じっさい)のルート自体(じたい)(ある)きやすいくらいでした。景色(けしき)も良いし)

そう言えばあの日。

山頂で()った男性にも(あき)(おどろ)きながら言われたんだ。

「よく1人で登ってきたなぁ..」って。

そんなルートを理由(りゆう)()確信(かくしん)(したが)って1人で山に()かった私は。

この世の常識(じょうしき)からすると、とってもお馬鹿(ばか)さん。

まぁでも、

私の、理由(りゆう)()感覚(かんかく)(したが)行動(こうどう)や、それに(ともな)意識領域(いしきりょういき)(何を感じ(かんが)えているか)は、

周囲(しゅうい)にはほとんど理解(りかい)されないであろう事は十分(じゅうぶん)承知(しょうち)している“つもり”ですけど...。


だから。

なるべく「本当のこと」は()(だま)って生きていて、

自分の内側(うちがわ)でだけ知っている(認識(にんしき)している)ことが沢山(たくさん)ある。





御鉢(おはち)

こちらが山頂(さんちょう)から見た御鉢(おはち)、「高千穂河原(たかちほがわら)」のルート。

(むかし)はこの(ふち)登山道(とざんどう))が60センチしかなくて、

御鉢(おはち)の中へ()()事故(じこ)もけっこうあったらしい。

(かぜ)(つよ)い日には風速(ふうそく)15メートルを()えるらしく、そんな時は山小屋(やまごや)(あるじ)(のぼ)らない。





世話(せわ)になった方々(かたがた)には後日(あらた)めてお(れい)(うかが)いました。

怪我(けが)もなく(いのち)無事(ぶじ)だったこともあり、多大(ただい)なご迷惑(めいわく)をおかけしたにもかかわらず、

みなさん笑顔(えがお)(むか)えてくださいました。

警察署(けいさつしょ)では「これに()りずにまた(のぼ)ってください」と...。

この日は役場(やくば)消防署(しょぼうしょ)でも「これで()りずに〜」とお(こえ)がけを(いただ)きました。

それにしても。

ここで“2度と登らないように”とかいうダメ出しのメッセージじゃないところが、

いかにも私の物語(ものがたり)(プロセス)らしいとも思う。

(ただ)し、今後(こんご)は“一人で行かないように”という前提(ぜんてい)で、ですけどネ!


皆様(みなさま)のおかげで、今日も元気(げんき)()ごせています。

本当(ほんとう)有難(ありがと)うございました。


2007.03.07(水)




霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)」からの登山(とざん)ルートはこんな(かん)じです。





追記(ついき)

本文(ほんぶん)でも()れた内容(ないよう)だが、今回のプロセスを通過(つうか)することにより、

長年(ながねん)疑問(ぎもん)(たい)する回答(かいとう)(つう)じる(とびら)(しめ)された。

あの日、夜明けを(むか)えると同時(どうじ)にそれは(あた)えられた。

ステージをクリアしたのだ。

「扉」は視覚(しかく)で見えたのではなく、象徴(しょうちょう)として脳裏(のうり)に与えられたイメージ。

その扉の向こうへどうやって行けばいいのか...。

そして同じ年の5月、私はその扉の鍵を得ることになる。

セルフヒーリング中につながり新回路を得たのだ。

その新回路が扉の向こうへ抜ける為の「鍵」として作用するようだ。

【20080829】





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